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鶴見川源流探索オフ |
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源流を訪ねてその3 鶴見川バージョンをお送りします。
なお人物写真は“ポスタリゼーション”、ボカシ等の処理をしております。ご覧のモニターのカラー設定のせいではありませんので念のため。
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1997年11月14日、Niftyserve FWELLのウォーキング部屋の Mr.Mと鶴見川源流探索を行いました。
今回のオフは直前になって Mr.M をお誘いして来ていただいた。連絡には気を遣わないとこの辺には似た名前が多い。今回は鶴見川沿いを歩くが集合場所が鶴川と紛らわしい。
集合は小田急鶴川駅11時。約5分遅れでMr.M 登場。いつものディーバッグスタイルである。私はあまり暑くないので着替類なし、従って携帯品はデジカメのみの軽装。
早速駅の裏側を流れている鶴見川沿いを歩く。すぐ小田急線のガードがありこれをくぐって進む。しばらくは川沿いの舗装道路である。
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橋のたもとには小学生が書いたキャンペーンポスター「水がきれいでうれしいな」が掲げられていた。皆さん川は奇麗にしましょうね。
しばらく進むと、突然川沿いの奇麗な遊歩道がプツリ。川の両サイドとも道が無くなる。それでも土手を歩けるのではとズンズン行くとなんと完全な行き止まり。
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やむなく畑の中を横切り、川沿いに出れそうな林の中に分け入り、大苦戦 ! これが町中での出来事なので恐れ入る。ようやく林からの出口を見つけ住宅街に出る。
結構迂回して再び鶴見川沿いに出る。これもつかの間で川沿いは歩けず、道路の狭い歩道を数キロ歩く。排気ガスが臭い。結局図師大橋まで一般道を歩く。腹が減ってきたので近くの中華レストランで昼食とする。
ここで朝が早い私は食欲の湧かないMr.M に無理強いして早くもビールで乾杯 ! 自分だけ飲みに飲んで食べに食べる。普段歩くときはゴールしてから飲むのが普通だが今日は特別ということにして置こう。
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さてお腹も膨れたし午後の行程に取り掛かる。ここからはあまり2車線の自動車道は通らずに行けそうだ。
早速道端に年代ものの地神塔を発見。文政12年(1828年)の文字が見える。しかしこの石塔は風化してぼろぼろでこの状態ではあと100年はもたないよ−。文化庁に申請して何らかの保存策をとるべきだよー。
さてさて、さきを急ぐと川幅はずいぶんと狭くなってくる。やはり大半は川沿いを歩けず、しかたがないにでつかず離れずの状態で上流を目指す。 |
ようやく川沿いの土手を歩けるようになった。川幅はもう3〜4mと益々狭くなる。しかしのどかな田園風景が廻りに広がりほっとさせてくれる。
川面に向かってちょっと用を足しながら先に進む。しばらく行くと秋の取り入れが終わって稲を柵に干してある田んぼの横の農道を進む。近くで藁を燃やす煙が立ち込めている。
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更に進むと橋の片隅に「一級河川 つるみ川 上流域」の表示版が泥と埃まみれで建っていた。ほんの少し気持ちだけ奇麗にして先に進む。
更に進むと集落のバス停に「都立小山田緑地案内図」があり鶴見川源流の表示もある。そうです。鶴見川源流地は東京都町田市小山田でありました。
案内版にあるとおり先に進むとバスの終点折り返し地点に到達。これをやり過ごしてさらに右側の道を川に沿って行く。もう川というよりは溝である。しかも田んぼの横の1m程度。先方を望むと源流の泉が見えてきた。
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先着のご夫婦が写真撮りをMr.M にお願いしている。お返しに我々もその奥さんにシャッターを押していただいた。
源流は泉になっていて間欠泉のように水がぼこっ、ぼこっと湧いてきている。このあたりは地域の保存会の方たちがボランティアで奇麗にしているようだ。
ざっと15km ほどの行程であった。帰りに先ほどのバス折り返し点にて野菜直売店があったので主夫をやってるMr.M は大根など野菜をお土産に買ってバスで町田に向かいました。
お付き合い頂いた Mr.M に感謝,感謝!
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