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室生の里 (その2;室生寺)

 仁王門大和平野の東方、奥深い山と渓谷の続く室生のあたりの一帯は、太古の火山活動によって形成された一種幻想的な場所で、その中心が室生山。

 室生山は円錐形の神山で、ここに奈良時代の末期、皇太子の山部親王(後の桓武天皇)の病気平癒の祈祷をして優れた効果があったことから国家の為に建立したのが室生寺。

役の行者の開創、弘法大師の再興とも、興福寺の高僧賢きょうの創建とも伝えられている。

 以後室生寺は、興福寺の法相宗を始め天台・真言・律宗などの高僧を迎え、山林で修行するかたわら各宗を勉学する道場として、仏教界に大きな役割を果たした。

 また奥深い深山という室生寺の環境は、密教の道場にふさわしいことなどから、次第に密教的色彩を強めた。
 真言密教の根本道場である高野山が、厳しく女人を禁制したのに対し、室生寺は女人にも開かれた道場『女人高野』として広く親しまれるようになった。

シャクナゲに代表される花の寺としても有名。

近鉄室生口大野駅から室生寺行きバス15分、室生寺下車徒歩5分。

太鼓橋の見える風景
室生寺の表玄関。
室生川を跨いで室生寺へといざなう


丘の上から。

室生川と桜


川下から





表門
対岸の街道から(1)




対岸の街道から(2)













川上から


















慶運殿と桜


太鼓橋を渡って塀に沿って右に進むと表門がある。それを入れば室生寺の伽藍である。さらに右正面に仁王門があり、ご他聞にもれず両側には仁王像が睨みを効かせている。







境内図


それを入るとやがて自然積みの鎧坂がある。両側にはシャクナゲが植えられているが未だつぼみの状態であった。
















鎧坂;


これを上りきった正面に金堂がある。







金堂と桜

金堂
釈迦如来像を中心に、向かって右へ薬師如来と地蔵菩薩像、左は文殊菩薩と十一面観音像の五尊(国宝・重文、平安時代前・中期、)が並び、その前に十二神将像(重文・鎌倉時代)が一列に配されていたが残念ながら撮影禁止であった。

金堂の右には小さな社があり、その左側には石に掘り込まれた軍荼利明王石仏がある。
注連縄のようなお飾りにはおみくじが・・・・・・・・・・
天神社拝殿


軍荼利明王石仏



金堂の左には弥勒堂がありここには厨子入りの弥勒像が安置されている。
この右脇を登ってゆくと 前に池を配した本堂(潅頂堂)に出る。



弥勒堂;奥の院の帰りに撮影。ようやく観光客が・・・

本堂と桜:


池には緋鯉が泳いでおり、水面に映った桜や本堂が綺麗だ。



五重塔(国宝):

屋外に立つ五重塔としては我が国で最も小さく(高さ16.1m)、また法隆寺五重塔に次ぐ古塔



本堂の左横の石段を登ると五重塔がある。
平成10年9月22日の台風7号によって杉の巨木が倒れかかり、五層すべてで背面のひさしが破壊されるという大きな損傷を受け、平成12年9月、7ヶ月かけて修復工事を完了したそうだ。



バックサイドからの風景







背後に回るとその倒れ掛かった杉3本ほどは今太いワイヤーロープにて倒れ防止をしていた。
またこちらサイドからは逆光ながら桜が望まれ春らしい景色を見ることが出来た。


しかし、金曜日の9時前後で人影は掃除の従業員のみと静かで落ち着いた雰囲気を満喫できた。




五重塔の左サイドを抜けて奥の院へ。
石段が続く。最後は360段とも400段とも言われる急な石段である。これを登りきると奥の院で弘法大師を祀る御影堂がある。











奥の院へ向かう山の中腹にあるお地蔵様


常燈堂から石段を見下ろす。

















御影堂


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