世田谷区三軒茶屋にある教学院に行く。三軒茶屋は矢倉沢往還(厚木街道・大山道)と津久井往還の分岐点で、江戸時代の交通の要衡の地にあたり、角屋、田中屋、信樂屋という三軒の茶屋があったため三軒茶屋と呼ばれるようになったそうだ。
新玉川線三軒茶屋駅から歩いて数分にて教学院に着く。東急世田谷線三軒茶屋駅のホームを入口からすぐ近くに見ることが出来る。
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世田谷区教育委員会のパネルでは |
- 竹園山最勝寺 教学院(天台宗) - |
本寺は慶長九年(1604)玄応和尚の開基により、江戸城内紅葉山に建てられたという。後、明治四十一年(1908)青山からこの地にうつされた。
本尊は阿弥陀如来で恵心僧都の作と伝えられる。また、不動堂の目青不動は東都五色不動(五眼不動)の一つとして有名である。
境内には相州小田原城主大久保家歴代の墓、南画家岡本明暉、その子書家岡本碧巌等名家の墓がある。
世田谷区教育委員会
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の内容が読み取れる。 |
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境内に入ってすぐ左手に不動堂があった。あちこちに“目青不動”の文字が目に付く。お不動さまは堂々と鎮座ましましていた。お参りをしてお不動さまの目を拝見させて頂いたが残念ながら色はよくわからなかった。
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奥に相州小田原城主大久保家歴代の墓があった。
大久保家には忠世(小田原城主)、天下のご意見番彦左衛門などで有名である。お参りをして教学院をあとにする。
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