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丹沢・大山の秋

ー 雨降山大山寺 −

 秋晴れの11月20日、丹沢の大山に紅葉狩りに出かけた。
先ず、ケーブルカーにて不動前駅で下車(3分ほど)し、雨降山大山寺へ。

 本堂に続く階段の両側には見事に紅葉したもみじが・・・・・・・・・・・
 古来、大山詣でとしてつとに信仰の篤い霊場に相応しい雰囲気である。

雨降山大山寺の歴史:

大山寺は、奈良の東大寺を開いた良弁僧正が天平勝宝七年(七五五)に開山したのに始まります。

行基菩薩の高弟である光増和尚は開山良弁僧正を継いで、大山寺二世となり、大山全域を開き、山の中腹に諸堂を建立。

その後、徳一菩薩の招きにより、大山寺第三世として弘法大師が当山に入り、数々の霊所が開かれました。大師が錫杖を立てると泉が湧いて井戸となり、また自らの爪で一夜にして岩塊に地蔵尊を謹刻して鎮魂となすなど、現在は大山七不思議と称される霊地信仰を確立しました。

また日本古来の信仰を大切にし、尊重すべきとのお大師様のおことばにより、山上の石尊権現を整備し、伽藍内に社殿を設けるなど神仏共存を心掛け手厚く神社を保護してきました。

元慶八年(八八四)には天台宗の慈覚大師の高弟・安然が大山寺第五世として入山。伽藍を再興し、華厳・真言・天台の八宗兼学の道場としました。

これより大山は相模国の国御岳たる丹沢山系の中心道場として各地に知られ、別当八大坊をはじめとする僧坊十八ケ院末寺三、御師三百坊の霊山として栄えました。

しかし明治初年の廃仏毀釈により、現阿夫利神社下社のある場所から現在の場所に移りました。

関東一円を初め日本中の強い信仰に支えられ、幸いにもご本尊を初めとする,数々の寺宝は破壊を免れました。

明治期に数多くの信者たちの寄進によって現在の位置に本堂をはじめ数々の伽藍が再興され現在に至っています。大山寺はまさに多くの信者に支えられた一大霊地といえます。
(雨降山大山寺ホームページより)



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