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- '03 東福寺の秋 その1 -

 摂政九条道家が,奈良における最大の寺院である東大寺に比べ,また奈良で最も盛大を極めた興福寺になぞらえようとの念願で,「東」と「福」の字を取り,京都最大の大伽藍を造営したのが慧日(えにち)山東福寺です。1236年より実に19年を費やして完成。

 仏殿本尊の釈迦仏像は15m,左右の観音・弥勒両菩薩像は7.5mで,新大仏寺の名で喧伝され,足利義持・豊臣秀吉・徳川家康らによって保護修理も加えられ,東福寺は永く京都最大の禅苑としての面目を伝え,兵火を受けることなく明治に至る。

 明治14年12月に,惜しくも仏殿・法堂(はっとう),方丈,庫裡(くり)を焼失。その後,1917年より本堂(仏殿兼法堂)の再建に着工,1934年に落成。1890年に方丈,同1910年に庫裡も再建され,鎌倉・室町時代からの重要な古建築に伍して,現代木造建築物の精粋を遺憾なく発揮している。

また,開山国師の頂相,画聖兆殿司(ちょうでんす,明兆)筆の禅画など,鎌倉・室町期の国宝・重要文化財は夥しい数にのぼる。
(東福寺オフィシャルホームページより抜粋)




境内図


三門

三門は空門・無相門・無作門の三解脱門の略。

 三門から本堂を望む

本堂(仏殿 )

 経堂背後のモミジ


 通天橋より臥雲橋方面を望む

 通天橋


 

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