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-  五所川原 立佞武多 -丸ビル/東京 (Jun. 23, '03)


 五所川原のねぷたは、現在「たちねぷた」と呼ばれている。この巨大ねぷたが、五所川原の記録に登場するのは、明治40年頃。

 当時、県内にその名を轟かせた豪商、大地主の力と象徴として、巨大ねぷたは高さを誇るようになり、約10〜12間(約18〜21.6m)に及ぶようになった。

その勇姿は、近隣の町村からも見えたと言われるほど巨大なもの。この頃のねぷたの題材は、中国の三国志や日本の歌舞伎などの歴史上の人物が多かったと言われている。

 しかし、大正時代になり電気が普及し、電線が市街地に張り巡らされたことにより、巨大な山車の運行が困難になり、ねぷたは小型化の一途をたどりました。また、戦後に起きた2度の大火で街が全焼したことにより、設計図や写真が消失し、巨大ねぷたは姿を消した。

 ところが、1993年(平成5年)に明治・大正期の立佞武多の設計図の一部が発見され、その後1996年に市民有志により「たちねぷた復元の会」が結成され、1998年(平成10年)、五所川原市が立佞武多の支援を決め、80年ぶりに夏祭りで運行されるようになった。以後、立佞武多は1年に一基ずつ新作が制作され現在に続いている。







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